薬局を2店舗に増やし、従業員も少しずつ増えていました。
小さいながらも会社を経営し、毎日が慌ただしく過ぎていく日々。
子育てもひと段落し、
「これからは自分の人生を楽しもう。」
旅行にも行きたい。
シャンソンも習いたい。
フラメンコにも挑戦したい。
そんな夢を膨らませていた49歳の初秋でした。
忙しさを言い訳にした一か月
実は、その一か月ほど前から頭痛が続いていました。
幸か不幸か、私は薬剤師。
薬局には鎮痛剤がたくさんあります。
「忙しいから、薬を飲めば大丈夫。」
そう思い込み、病院へ行くことを後回しにしていました。
でも、一か月以上も続く頭痛は、やはり普通ではありませんでした。
ようやく脳外科を受診すると、MRIは翌日。
その日は偏頭痛の薬だけを処方されました。
薬剤師だったのに、私は、何の疑いもなくその薬を飲みました。
幸か不幸か、私は薬剤師。
薬局には鎮痛剤がたくさんあります。
「忙しいから、薬を飲めば大丈夫。」
そう思い込み、病院へ行くことを後回しにしていました。
でも、一か月以上も続く頭痛は、やはり普通ではありませんでした。
ようやく脳外科を受診すると、MRIは翌日。
その日は偏頭痛の薬だけを処方されました。
薬剤師だったのに、私は、何の疑いもなくその薬を飲みました。
運命を変えたMRI検査
薬を飲んだ直後、今まで経験したことのない激しい頭痛に襲われました。
耐えられず、別の脳外科を救急で受診します。
すぐにMRI検査。
今でも忘れられないのは、あの機械の音。
なぜか異常なほど耳障りで、不気味に感じたことを覚えています。
検査が終わり、
「立ってください。」
看護師さんの声が聞こえました。
「終わった。立たなきゃ。」
そう思ったのに、体が動きません。
起き上がれないのです。
「住所と名前を言えますか?」
「東京都昭島市……」
そう話しているつもりなのに、口から出るのは何を言っているのかわからない言葉。
すると看護師さんが叫びました。
「もう何も話さなくていい!そのまま動かないで!」
次の瞬間、先生たちが血相を変えて検査室へ飛び込んできます。
それが、私の覚えている最後の記憶でした。
耐えられず、別の脳外科を救急で受診します。
すぐにMRI検査。
今でも忘れられないのは、あの機械の音。
なぜか異常なほど耳障りで、不気味に感じたことを覚えています。
検査が終わり、
「立ってください。」
看護師さんの声が聞こえました。
「終わった。立たなきゃ。」
そう思ったのに、体が動きません。
起き上がれないのです。
「住所と名前を言えますか?」
「東京都昭島市……」
そう話しているつもりなのに、口から出るのは何を言っているのかわからない言葉。
すると看護師さんが叫びました。
「もう何も話さなくていい!そのまま動かないで!」
次の瞬間、先生たちが血相を変えて検査室へ飛び込んできます。
それが、私の覚えている最後の記憶でした。
右手も、右足も動かない
目が覚めた時。
私の右手と右足は、まったく動きませんでした。
毎日走り回っていた足。
何気なくピースサインをしていた右手。
そのどちらも、もう自分の思うようには動きません
「まさか……。」
病室の天井を見つめながら、私は現実を受け入れることができず・・・
あふれ出る涙を止めることはできませんでした。
私の右手と右足は、まったく動きませんでした。
毎日走り回っていた足。
何気なくピースサインをしていた右手。
そのどちらも、もう自分の思うようには動きません
「まさか……。」
病室の天井を見つめながら、私は現実を受け入れることができず・・・
あふれ出る涙を止めることはできませんでした。
経営者として、一番困ったこと
私が入院している間、薬局では従業員たちが必死に会社を守ろうとしてくれていました。
「銀行印はどこですか?」
「ネットバンキングのパスワードは?」
「取引先の情報は?」
私は、小さな会社だから、自分だけが分かっていればいい。
そう思っていました。
でも、それは大きな間違いでした。
何かあった時、会社は止まってしまう。
絶望の中にいた私には、パスワードを思い出す余裕すらありませんでした。
「銀行印はどこですか?」
「ネットバンキングのパスワードは?」
「取引先の情報は?」
私は、小さな会社だから、自分だけが分かっていればいい。
そう思っていました。
でも、それは大きな間違いでした。
何かあった時、会社は止まってしまう。
絶望の中にいた私には、パスワードを思い出す余裕すらありませんでした。
初めて知った「できない」という現実

それから、毎日リハビリが始まりました。
PT(理学療法)
OT(作業療法)
ST(言語療法)
朝から夕方までリハビリをしていると、一日があっという間に終わります。
人生で初めて乗る車椅子。
右半身が麻痺しているので、自分では動かすこともできません。
トイレへ行くにも看護師さんを呼ぶ。
歯磨き終わっても看護師さんの手があくまでじっと待つ・・・
昨日まで当たり前だったことが、一つひとつできなくなっていく。
何事も自分のペースではできない。
その現実は、想像以上に苦しく、悔しいものでした。
PT(理学療法)
OT(作業療法)
ST(言語療法)
朝から夕方までリハビリをしていると、一日があっという間に終わります。
人生で初めて乗る車椅子。
右半身が麻痺しているので、自分では動かすこともできません。
トイレへ行くにも看護師さんを呼ぶ。
歯磨き終わっても看護師さんの手があくまでじっと待つ・・・
昨日まで当たり前だったことが、一つひとつできなくなっていく。
何事も自分のペースではできない。
その現実は、想像以上に苦しく、悔しいものでした。
あの日が、私の人生を変えた
49歳。
未来は輝いていると信じていた私の人生は、一瞬で止まりました。
でも今振り返ると、この日があったからこそ、今の私があります。
終活アドバイザーとして、「元気なうちに備えること」の大切さを伝えている原点は、まさにこの経験でした。
未来は輝いていると信じていた私の人生は、一瞬で止まりました。
でも今振り返ると、この日があったからこそ、今の私があります。
終活アドバイザーとして、「元気なうちに備えること」の大切さを伝えている原点は、まさにこの経験でした。
次回予告
「半年の入院生活が教えてくれた、本当に大切なこと」
右半身麻痺になったからこそ見えた景色があります。
その半年間が、今の私の人生を大きく変えることになりました。
右半身麻痺になったからこそ見えた景色があります。
その半年間が、今の私の人生を大きく変えることになりました。