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コラム COLUMN

~薬剤師だった私が、終活を伝えるようになった理由~

今、私にはやりたいことがあります。

オリジナルエンディングノート「MUSUBUNOTE」を、一人でも多くの方に届けること。

感謝の気持ちを絵本という形で未来へ残す「ありがとうの小径」を届けること。

大切な人の声を、いつでも聞ける宝物として残す「声の玉手箱」を届けること。

最近になって、ようやく気づきました。

私がやってきたことは、全部バラバラではなかったのです。

一本の線でつながっていました。

その線の先にあったのは、

「残された人が困らないように。」

「生きているうちに、ありがとうを伝えてほしい。」

「大切な想いを、ちゃんと未来へ残してほしい。」

そんな、たった一つの願いでした。

そして、もう一つ。

私自身の進むべき道も、ようやくはっきり見えてきました。

だから今、このタイミングで、どうしても伝えておきたいことがあります。

昨日までの私は、明日が来ることを疑わなかった

あの日のことは、今でも忘れることができません。

昨日と何も変わらない朝だったはずなのに、

その日を境に、私の人生は大きく変わりました。

右半身が思うように動かない。

頭ではわかっているのに、体がついてこない。

今まで当たり前にできていたことが、当たり前ではなくなりました。

「なんで私が?」

その言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回っていました。

悔しかった。

情けなかった。

怖かった。

そして何より、自分の人生が音を立てて崩れていくような感覚でした。

失ったものばかりを数えていた

以前のようにできないことが増えました。

バスタオル一つうまくたためない。

両手でドライヤーを使ってブロウも出来ない。

人の手を借りなければならない場面も増えました。

何でも一人でできていた私にとって、それは簡単に受け入れられることではありませんでした。

「迷惑をかけたくない」

「情けない姿を見せたくない」

そんな気持ちとの戦いでした。

でも、不思議なことに、失ったものばかりではありませんでした。

人の優しさに気づきました。

家族のありがたさを知りました。

普通に歩けること。

普通に笑えること。

普通にご飯が食べられること。

そんな当たり前が、どれほど幸せなことなのかを知りました。

私の人生を変えた、一つの気づき

病気になって一番感じたことがあります。

それは、

明日は、誰にも約束されていない。

ということです。

年齢は関係ありません。

健康そうに見える人も。

若い人も。

忙しい人も。

夢に向かって頑張っている人も。

人生は、ある日突然変わることがあります。

そして、その時になって初めて、

「やっておけばよかった」

「伝えておけばよかった」

そんな後悔をするのです。

だから私は終活を伝えています

終活という言葉を聞くと、

「縁起でもない」

「まだ早い」

そう思う方も少なくありません。

でも、私が伝えたい終活は違います。

死ぬ準備ではありません。

安心して生きるための準備です。

家族を困らせないための準備です。

そして、自分らしく人生を歩くための人生設計です。

もし、あの日の私が一冊のノートを書いていたら

もしもの時に連絡してほしい人。

大切な人への想い。

保険のこと。

銀行のこと。

パスワード。

医療の希望。

延命治療の希望。

葬儀の希望。

「ありがとう」の言葉。

全部完璧でなくてもいい。

少しずつ書いてあれば、それだけで家族は安心できます。

おわりに

私は49歳で脳梗塞になりました。

あの日の経験があったからこそ、今の私があります。

薬剤師として学んだ知識よりも、

病気になって初めて知ったことの方が、はるかに多かった気がします。

だから私は、終活を伝えています。

「人生の終わり」のためではありません。

「今日という日を、安心して、自分らしく生きるため」に。

そして、このブログでは、私自身の経験と、終活アドバイザーとして出会ってきたたくさんの出来事を、少しずつお伝えしていこうと思います。いつもみていただいて、本当にありがとうございます。


もしかしたら、あなたや、あなたの大切な人の未来を守るきっかけになるかもしれません。

最後に、今の私が心から伝えたい言葉があります。

49歳で脳梗塞になるなんて、夢にも思っていませんでした。

だからこそ、今ならはっきり言えます。

「まだ早い」ではなく、「今日が一番早い日」です。

書くとしたら、いまだ。

生きるとしたら、いまです。